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半七捕物帳を読む

  半七考




半七考 その8   捕物帳の虫

 ―注・半七捕物帳に夢中になっている人のことではありません。生物の虫です(笑)。

 「あいつぁ、江戸っ子でさぁ」

そう、半七はきりぎりすが好き。外国の民話?「ありときりぎりす」から喩えて云うのでしょうかね?例の、宵越しの銭はもたねぇ、という、江戸っ子気っ風をいうのでしょうか。

「虫の中でもきりぎりすが一番江戸らしいもんですね」と、老人は云った。「そりゃあ値段も廉いし、虫の仲間では一番下等なものかも知れませんが、松虫や鈴虫より何となく江戸らしい感じのする奴ですよ。往来をあるいていても、どこかの窓や軒できりぎりすの鳴く声をきくと、自然に江戸の夏を思い出しますね。そんなことを云うと、虫屋さんに憎まれるかも知れませんが、松虫や草雲雀(くさひばり)のたぐいは値が高いばかりで、どうも江戸らしくありませんね。当世の詞(ことば)でいうと、最も平民的で、それで江戸らしいのは、きりぎりすに限りますよ」(『奥女中』)

蟋蟀(きりぎりす)は一匹三銭ぐらいであったという。明治30年代。


右絵は『風俗画報』341号(明治39年6月1日)表紙

虫と云えば、秋の虫であるから、比較的、静寂やわびしさを描写する場面での登場が多い。

こおろぎ

「奥州の夜寒に※[#「虫+車」(こおろぎ)もこの頃は鳴き絶えて、庭の銀杏《いちょう》の葉が闇のなかにさらさらと散る音がときどきに時雨《しぐれ》かとも疑われた。」『旅絵師』

「長次郎は、……再び手拭に顔をつつんで暗い墓場の奥へ忍んで行った。宵闇空には細かな糠星《ぬかぼし》が一面にかがやいて、そこらの草には夜露が深くおりていた。……大きい石塔のかげに這いかがんで、長次郎はしずかに夜のふけるのを待っていると、そよりとも風の吹かない夜ではあったが、秋ももう半ばに近いこの頃の夜寒が身にしみて、鳴き弱った※「虫へんに車」(こおろぎ)の声が悲しくきこえた。」『小女郎狐』

やはり、同じく墓場のシーンで、
「残暑の強い此の頃ではあるが、墓場にはもう秋らしい虫が鳴いていた。」『蝶合戦』

こおろぎ -草むらで
「鷹匠《たかじょう》屋敷から吉祥寺の裏手まで戻って来たが、聞えるものは草むらに鳴き弱っている虫の声と、そこらの森のこずえに啼く梟の声ばかりで、それらしい声は耳に入らなかった。」『ズウフラ』

『半七先生』では籠の虫も登場する。そして、古屋敷の庭先でも……『一つ目小僧』。また、やはり秋に、荒れ寺の虫が登場する『十五夜ご用心』がある。

あと『蝶合戦』や『白蝶怪』の蝶などもある。

毛虫

「一軒の掛茶屋を見つけて、二人は腰をおろした。花時をすぎているので、ほかには一人の客も見えなかった。老人は筒ざしの煙草入れをとり出して、煙管で旨そうに一服すった。毛虫を吹き落されるのを恐れながらも、わたしは日ざかりの梢を渡ってくる川風をこころよく受けた。わたしの額はすこし汗ばんでいた。」『広重の絵』



 虫のなかでも、もっとも多い登場は、蚊である。堀割の町、江戸としては、ため池やどぶなども含めて、それには悩まされたことだろう。したがって、蚊帳や蚊いぶしの道具も欠かせない。

「半七はせまい露路の溝板を踏んでゆくと、この二、三日なまあたたかい天気がつづいたので、そこらではもう早い蚊の唸(うな)る声がきこえた。」『甘酒売』
という具合です。たんに半七が長屋に入り込んでいったという表現では済まないのである。

このほか、蚊は土地柄なのか『山祝いの夜』に多く出ている。また『お照の父』などでも。

 つぎは、ちょっと怪談めいた設定です。

「枕もとの行燈がしだいにうす暗くなって来たので、お蝶は眼をかすかに明いてそっと窺うと、白い襖から抜け出して来たような一種の白い影が、白い蚊帳のそとをまぼろしのように立ち迷っていた。」『奥女中』
部屋の闇に白いもの。ちょっと背筋がゾッ……という感じです。

とんぼ、ばった

「大きい麦藁とんぼが半七の鼻さきを掠《かす》めて低い練塀のなかへ流れるようについと飛び込んだ。」『お化け師匠』

むろん、赤とんぼも登場している。

『鷹のゆくえ』では、とんぼ取りの鳥もち竿が小道具となっている。



蝉の登場もまあまあだが、『かむろ蛇』ほかでは、秋の蝉が登場する。


 蠅はあまり好ましくないのか、その登場はあまりない。つぎくらいである。蠅の足音が聞こえるという静寂である。なかなか微に入った表現ですね。

「一匹の蠅が障子の紙を忙がしそうに渡ってゆく跫音(あしおと)が微かに響いた。」『勘平の死』

虫食い文字

ちょっと怪しげなのは、つぎの虫食い占いとでもいうべきものだろう。そんな八つ手占いもあったのですね。

「翌日の午後、お琴が店へ出てみると、軒の八つ手の大きい葉がもう枯れかかって、秋風にがさがさと鳴っていた。枯れてしまっては呪(まじな)いの効目(ききめ)もあるまいと思ったので、お琴は庭から新らしい葉を折って来て、人に頼むまでもなく、自分がその葉を吊り換えようとする時、ふと見ると古い枯葉には虫の蝕(く)ったような跡があった。更によく見ると、その虫蝕いの跡は仮名文字の走り書きのように読まれた。おそでしぬ――こう読まれたのである。お袖死ぬ――お琴はぎょっとした。」『かむろ蛇』

* * *

 気がついた虫に関わる表現は、だいたい以上の通りですが、設定や季節に応じての使い分けは、やはりお手のものですね。ごくありふれたものではあるけれども、花や虫などもきめ細かく、ストーリーに織り込むことによって、物語の親近感というか、リアリティを出そうとしたのでしょう。他の小説に比べれば十分多いといえるでしょう。
 しかし、あってよさそうなのが「蛍」でしたが、ほたるは出てきませんでした。不思議ですね。
 近代化や都市化に伴って、減少したのはやはり蚊や蠅かも知れませんね。
 ただ、蚤というのはありませんでした。この辺はあまり美的ではないからでしょうか。
虫といえば、秋の虫。江戸の頃は、虫聞きは、道灌山、王子周辺、飛鳥山、隅田川東岸などだったそうです。瓢箪に酒を入れ、莚か茣蓙を抱えて、重箱提げて。優雅なものでした。関東大震災の頃までは、戸山ヶ原にも出かけたそうです。三田村鳶魚・江戸の春秋227(1997、中公文庫、鳶魚江戸文庫15)。
                                2004/09/13記

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