これが私の好きな役者である。
私の羽左衛門に好いと思ふ所は、其の輪郭の明瞭(はつき)りした、きまりどころの鮮やかな所にある。羽左衛門ほどすつきりした、役者らしい役者は、先づ彼を措いては、今の処見当たらないと云っても差支あるまいと思ふ。「辰五郎」や、「富樫」は其の代表的の役である。
羽左衛門の「富樫」は、形の好い点では、天下一品であろうと思ふ。宛然(えんぜん)絵であり、また彫刻のやうであつた。
吉右衛門に好きな処は彼の芸に寂しみのあるのが好きである。
彼の「三浦の助」のやうな物も悪くはないが、私は矢張り彼の芝居と云へば、「地震加藤」のやうなものが動かない所だらうと思ふ。
河合の好い所は、調子である。一寸聞くと何んだか変だが、然し、あの玉を転がすやうな調子は、凝(じつ)と聞いて居れば居る程好い所がある。
殊に伝法な役を演つて、啖呵を切る所などは、あの人でなければと思わせる所がある。
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『演芸画報』6年4号138頁(明治45年4月19日)(ルビ省略の個所あり)
入力:和井府 清十郎