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『近代異妖篇』を読む



   もくじ 
・『近代異妖篇』とは
・『近代異妖篇』の誕生
・『近代異妖篇』をよむ
・『近代異妖篇』の舞台



◆『近代異妖篇』とは

 作者の岡本綺堂自身が、自ら『近代異妖篇』として編んだかどうかはあきらかではない。青蛙房刊の『岡本綺堂読物選集』では第4巻と第5巻が『異妖篇』上下巻と銘打たれているだけで、作品も入り込んでいる。
 このことを前提とした上で、一応、作品の掲載順序と著作年代はつぎのようにされている。『白髪鬼』(光文社時代文庫・1989年)と『異妖の怪談集』(原書房・1999.7)のいずれもつぎの通り(下の表のグレイ部分)である。
    表の右端の欄の<誌名・出版年>は、昭和女子大学近代文学研究室『近代文学研究叢書第44巻』(1977年)を参考または独自に調査したものによる。
    2000年10月改訂 打消線を付けた個所および頁を記入

作品名執筆時期初出誌誌名・出版年
第1篇こま犬大正14年11月作『現代』  調査中
第2篇水鬼 大正13年9月作『講談倶楽部』  調査中
第3篇停車場の少女大正14年5月作『講談倶楽部』  調査中
第4篇木曽の旅人明治30年作『文藝倶楽部』  調査中
第5篇西瓜昭和7年2月作『文学時代』『文学時代』昭和7年 3月28日号 4月1日号252頁
第6篇鴛鴦鏡昭和3年10月作『新青年』『新青年』1929(昭和4)年1月号138頁
第7篇鐘ケ淵大正14年2月作『みつこし』  調査中
第8篇指輪一つ大正14年8月作『講談倶楽部』『講談倶楽部』大正14年11月1日(15巻14号)号34頁
第9篇白髪鬼昭和3年8月作『文藝倶楽部』  調査中
第10篇離魂病大正14年7月作『新小説』『新小説』大正14年9月1日(30巻9号)号45頁
第11篇海亀昭和9年8月作『日の出』『日の出』1934(昭和9)年10月1日号328頁
第12篇百物語 ? 不詳  調査中
第13篇妖婆昭和3年4月作『文藝倶楽部』『文藝倶楽部』昭和3年7月1日号


 雑誌の『現代』は大日本雄弁会講談社、『講談倶楽部』は講談社、『文学時代』は新潮社、『新青年』は博文館、『新小説』は春陽堂、『日の出』は新潮社、『文芸倶楽部』は博文館、の刊行。

作と出版年のミステリー?!
 上の表の<執筆時期>は、参考にした本(『白髪鬼』(光文社時代文庫・1989年)+『異妖の怪談集』(原書房・1999.7)のいずれにおいても、「作」とされている年代である。たとえば、
      タイトル  年代  初出誌
    “ こま犬 大正14年11月作 『現代』”
という風に巻末に一覧で記載されている。はじめの頃には、この「○年作」とある年代が雑誌の出版年時を示しているものであろうと考えていた。しかし、「作」とはなんと変な表現だろうと不思議には感じていた。

 ところが、たまたま入手できた「鴛鴦鏡」は、『新青年』昭和4年1月号138頁以下に掲載されていることを確認した。ところが、上の2冊『白髪鬼』(光文社時代文庫)と『異妖の怪談集』(原書房)のいずれも、
    “ 鴛鴦鏡 昭和3年10月作 新青年 ”
としているので、これは誤ではないかと考えた。しかし、「作」は作品を執筆した時期であり、「出版年」とは違うのではないかということに気がついた。そこで、
    ・執筆時期を記載する意味があるのか(未発表作品ならありうる…)
    ・誰がどうやって特定したか
    ・またそれを明らかにする意味があるか(綺堂研究者にとっては意味があるかもしれないが、一般には発表・刊行年代でよいのではないか…)
    ・他の本や論文などの出版物と異なった、異例の「作」を用いるのは紛らわしい
などさまざまな怪やなぞがある。本ホームページでは、原則として刊行年代をベースにすべきではないかと考えているが、いちいち原典に当ることもまた並大抵ではないが……。調査・判明しだい出版年(刊行年)を入れるようにしたいと考えています。

どこで読めるか
『白髪鬼』(光文社時代文庫・1989年7月初版)と『異妖の怪談集』(原書房・1999.7)は『近代異妖篇』を収めている。



◆『近代異妖篇』の誕生

 小石川の青蛙堂で物語りされたものが『青蛙堂鬼談』の12話となったが、語られた話はまだあって、その拾遺をしたものが、この『近代異妖篇』となった。光文社文庫版『白髪鬼』(1989年刊)と原書房『異妖の怪談集 (岡本綺堂 伝奇小説集其ノ二)(1999年刊)』の冒頭作品として挙げられている「こま犬」のはじめには、このような説明が付されている。
 しかし、手持ちの改造社版の「こま犬」にはそのような書き出しはないので、両書店が『近代異妖篇』シリーズであることを最初に説明するために、編集上付した可能性もある。



◆『近代異妖篇』をよむ

 それぞれの話の季節もまた、舞台となった場所もバラエティに富んでいる。春が2話、夏の話が5つ、秋が4話、冬を舞台にしたものが2話、という格好である。十分な季節感と言える。
 江戸・東京が舞台のものは3話のみである。後は、全国各地ということになる。四国、山陰、九州、東北などと広がりを見せている。
登場人物にも、学生を登場させたものが6話ほどある。際立った特徴と言えるだろう。

第1篇 こま犬 大正14年11月作 『現代』   調査中

 四国讃岐、長曽我部の老臣細川源左衛門尉の部下の小袋喜平次秋忠と、豊臣秀吉軍の浮田秀家と小西行長の戦場となった小袋ケ岡を舞台にした、夜啼石伝説。5月20日過ぎ、町の中学教員がこの石の近くで死んだ翌日、若い女も死んでいた。掘り出した石の狛犬には……。荒涼とした感じは、シャーロック・ホームズのパスカヴィル家の犬にも似ているようにも思えるのだが。

第2篇 水鬼  大正13年9月作 『講談倶楽部』   調査中

 熊本は不知火の近くが舞台。八月の夏休みで帰郷した、郷里には、尾花川の幽霊藻や平家の落人伝説がある。そして現代に、幽霊藻に触れたがために(?)、男に騙されつづける女の因縁と、夕暮れの尾花川での密会……。

   女もその蛍のゆくえをじっと眺めているらしかった。
   『なんだか人魂のようですね。』と、女は言った。


薬屋のせがれの薬剤師は女を騙し、薬壜を渡すが。舞台は不知火の近くを中心にして、熊本、福岡、門司と九州を縦に動く。幽霊藻の調査に九州大学が従事したという挿話もある。
 作者綺堂が、KB村 MK町と、略記号を二つ重ねて用いているのは、寡聞にもここだけではないかと思う。最初に語り手として「A君」が登場するだけなのだが、なぜB村、K町ではいけなかったのだろうか。

第3篇 停車場の少女 大正14年5月作 『講談倶楽部』   調査中

 湯河原、小田原が舞台。2月下旬試験休みの合間を縫って、日露戦争後、温泉で療養する軍人を見舞に来た婚約者の女学生。滞在を延期するも、突然死する。が、連れ立ってきた友人の私に虫の知らせが。駅頭で少女が……。離魂現象を扱ったものという。
まだ、東京駅は出来ておらず、新橋停車場からの往き来となっている時代である。
 友人の私は延期を断わるが、一緒に滞在を延期しようと誘うときに、婚約者の女学生はつぎのようにいう。(東京の父母へ)

 「電報をかけてもいけませんか」
「電報をかける」の表現については、「西瓜」の項を参照。
 軍人が出てくる話はいくつかあるが、軍人とか政府とかに対するコメントはほとんどない。

第4篇 木曽の旅人 明治30年作 『文藝倶楽部』   調査中

 軽井沢 明治24年秋。木曽の山奥の杣小屋で、一夜の宿を乞う旅人に、父親は泊めてもよいというが、息子はなぜかひどく怯える。 山奥のえてもの(怪物)話、木曽地方に古く伝わる逸話が原型とも言う。

第5篇 西瓜 『文学時代』昭和7年4月1日号

 現代である明治の静岡と享保19年の2つの時代をトリップする。旧旗本の家に残されていた写本には。享保19年、下谷御徒町の辻番所で、稲城家の中間が呼び止められ、西瓜といいう荷物を開けさせると、それは……であった。しかし、帰って再び開けるとそれはやはり西瓜であった。群集妄覚という現象か?西瓜を食わないという言い伝えのある静岡のこの家の、私の友人は、私が京都の大学へ行っている間に、急死する。

 ソーダ水、バナナ、絵葉書、麦わら帽子なども登場する。

なかでも、「電報をかける ―> 電報を打つ」への変遷は知らなかった。
 「さっそく京都の方へ電報をかけようと思った」
 明治・大正の東京人の言い方だった。打つの方は地方出身者が使い始めて、大正から昭和にかけて広まったというのは、都筑道夫「解説]『白髪鬼』光文社時代文庫263頁。

閑話休題  「電報をかける」表現の変遷はいつか?
 都筑説(1.“東京人の言い方だった” 2.“変化は大正から昭和にかけて”)が正しいのか、いつ頃がターニング・ポイントなのか、手近の作品を捜してみました。

第6篇 鴛鴦鏡 『新青年』1929(昭和4)年1月号

 珍しく、明治末の東北地方が舞台。ひとりの男をめぐる、芸妓と料理屋の娘の三角関係。東北のある小さい町の、冬場凍結する池の傍の弁天様の祠へ夜詣りするおんな。その近くの柳の下で掘り出した漢の古鏡には鴛鴦(おしどり)のレリーフがあった。劇作中では俳句仲間でもある、町の警察官も登場するという、これまた珍しい現代話だが、シリーズとしては後になる『探偵夜話』などに収録してもよいような話である。
 福島・白河や仙台地方は、いずれも、綺堂がかつて出かけたことのある地方なので可能性は高い。ただ、池が凍結するというので、酷寒の地方か比較的高地である可能性もある。しかも、文中には、「境内には杉や椿の古木もある…」とあるので、椿から推して照葉樹林帯地方とも考えられるが、調べると、東北や北陸にもユキツバキ系の品種があるらしいので北部か南部かの決め手にはならなかった。
 恋の逃避行先に、北海道という地名が挙がっているのが興味深い。この時代にはむろん、羅卒でなく警察官というし、スコープ(スコップまたはショベルのこと)という語が使われている。
 初出誌のオリジナルはこちらで読めます(pdfファイル:約717KB)。

第7篇 鐘ケ淵 大正14年2月作 『みつこし』   調査中

 享保11年6月、将軍吉宗の命で、淵に沈むという鐘を捜すことに。御徒士組の三人の、水練での功名争いが、思わぬ事態に。
大川、鐘淵。本シリーズでは数少ない江戸を舞台とする3作品の一つ。

第8篇 指輪一つ 『講談倶楽部』大正14年11月1日号

 大正12年の震災後、飛騨の高山から震災に遭った東京へ向かう列車で、出遭った私立大学生の僕と西田。僕が途中の宿の温泉場で見かけた若い女の人影。そして薄暗い温泉場で拾った指輪には、西田の長女の名前が彫ってあった。東京で被災しているはずの娘の指輪がなぜ今ここに……。

第9篇 白髪鬼 昭和3年8月作 『文藝倶楽部』   調査中

 大正の頃(?)の秋、東京・麹町半蔵門近く、未亡人と娘が営む下宿屋が舞台。下宿仲間の優秀な先輩(山岸)がなぜか弁護士試験に合格しない。そこには、秘密が……。このシリーズでは、「停車場の…」と並んで、一般に評価の高い作品である。
 語り手はこの先輩と知り合いの下宿生で、神田にある法律学校に通っていて、今は弁護士となっているという設定である。この二人の弁護士志望の学生が、11月の初酉の晩、須賀神社へのお参りの帰りに立ち寄った、うなぎ屋は、現在の麹町二丁目の丹波屋ではないかという考証がある。また、その前に二人がやはり立ち寄った、四谷見附のコーヒー店は、綺堂自身も通っていた「むさし屋」であるという喫茶室という推測もある。いずれも、都筑道夫「解説」(『白髪鬼』光文社時代文庫264頁)による。

「父は九州のFという町でやはり弁護士を開業しているんですが…」という先輩の山岸の郷里は、略号から言えば、福岡市を連想させる。その山岸が、「わたしも……東京をひきあげて、年内に帰国するつもりです。」というのは、やはり当時らしい表現と言えるだろう。

 赤い郵便ポスト、自動車のヘッドライト、コーヒーなどの語が見える。

第10篇 離魂病 『新小説』大正14年9月1日

 嘉永初年、小石川江戸端に屋敷を持つ御家人。最初は、6月初めの夕刻、御成道で、二度目は、半月ほど後の夕刻7つ半、青山百人町、善光寺門前で、三度目は、7月13日朝、浅草広小路で、妹によく似た若い女を見かけた。その妹は……。

第11篇 海亀 『日の出』昭和9年10月1日号

 日本海に面した山陰道のHという小都会で、明治30数年8月の話しである。語り手と妹の実家は海産物問屋で、大阪商船会社の船が出入りする港というのが舞台である。ここからは推測になるが、「Hという小都会」というのは、おそらくは島根県浜田市ではなかろうかと思われる。
 7月12日草市の日に、新橋駅から郷里へ帰省する妹を見送る。郷里で許婚の男女が、旧暦の盂蘭盆に、海へ出てはならないという漁師達の言い伝えを破って、船で沖へ出る。すると、正覚坊の赤海亀が……。
 海亀というのは、やはり南っぽい動物なのだろうか、なんとも南のような(山陰ではあるが)話として受け取ってしまう。

第12篇 百物語 不詳   調査中

 所は上州、時代は弘化元−2年頃の秋の夜。城詰の若侍の間で、肝だめしが始まる。はたして、薄暗い城の闇の広間をひとりひとり抜けて行くと、思いもかけず首をくくっていたのは中老。白無垢の姿で長い黒髪をふり乱していた。しかし、その当人は、実は生きていた。再び、展開して……。

第13篇 妖婆 『文藝倶楽部』昭和3年7月1日号

 嘉永4年正月15日夜、雪の降る、江戸は番町谷町の旗本屋敷での歌留多会。現在の日本テレビのある界隈である。当時は武家屋敷で、昼間でも人通りの少ない場所柄であった。むろん、綺堂自身が住んでいた町でもある。
 作家の都筑道夫さんによると、この話では、怪しい老婆は登場人物の会話の中にしか出てこない。つまり、客観的には語られない、というテクニックが用いてあるそうだ。『白髪鬼』(1989、光文社時代文庫)解説266頁。



◆『近代異妖篇』の舞台

 作品の主な舞台を地図で示します。場所の比定は、作品に明らかなもの以外は、上で書きましたように、推測の域を出ません。いずれにせよ、次第に全国各地に広がっていることが明かです。

『近代異妖篇』シリーズの舞台
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 なお、上の婦人像は大正初期の新聞広告から編集
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