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綺堂ディジタル・コレクション




つぎは、綺堂のオリジナル作品をデジタル化したものです。「蛇 精」は『青蛙堂鬼談』シリーズの第5作品。綺堂には珍しが、九州が舞台である。
 なお、入力者自身による校正はいたしましたが、ベーター版ですので誤字などありましたら、ご連絡ください。




 蛇 精   ――『青蛙堂鬼談』より

             岡 本 綺 堂
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         一

 第五の男は語る。

 わたしの郷里には蛇《へび》に関する一種の怪談が伝えられている。勿論、蛇と怪談とは離れられない因縁になっていて、蛇にみこまれたとか、蛇に祟られたとか云うたぐいの怪談は、むかしから数え尽されないほどであるが、これからお話をするのは、其種の怪談と少しく類を異にするものだと思って貰いたい。
 わたしの郷里は九州の片山里《かたやまざと》で、山に近いのと気候のあたゝかいのとで蛇の類が頗る多い。しかしその種類は普通の青大将や、赤棟蛇《やまかゞし》や、なめら[#「なめら」に傍点]や、地もぐりのたぐいで、人に害を加えるようなものは少い。蝮に咬まれたという噂をおり/\に聞くが、彼のおそろしいはぶ[#「はぶ」に傍点]などは棲んでいない。蠎蛇《うわばみ》には可なり大きいのがいる。近年はだん/\にその跡を絶ったが、むかしは一丈五尺乃至二丈ぐらいの蠎蛇が悠々と蜿《のた》くっていたと云うことである。
 その有害無害は別として、誰にでも嫌われるのは蛇《へび》である。こゝらの人間は子供のときから見馴れているので、他国の者ほどにはそれを嫌いもせず、恐れもしないのであるが、それでも蝮と蠎蛇だけは恐れずにはいられない。蝮は毒蛇であるから、誰でも恐れるのは当然であるが、而もこゝらでは蝮のために命をうしなったとか、不具《かたわ》になったとか云う例は甚だ少い。むかしから皆その療治法を心得ていて、蝮に咬まれたと気が付くとすぐに応急の手当を加えるので、大抵は大難が小難で済むらしい。殊に蝮は紺の匂いを嫌うというので、蝮の多そうな山などへ這入るときには、紺の脚絆や紺足袋をはいて、樹の枝の杖などを持って行って、見あたり次第に撲《ぶ》ち殺してしまうのである。ほかの土地には蝮捕りとか蛇捕りとかいう一種の職業があるそうであるが、こゝらにそんな商売はない。蛇を食う者もない。まむし酒を飲む者もない。唯ぶち殺して捨てるだけである。
 蝮は山ばかりでなく、里にも沢山棲んでいるが、馴れている者は手拭をしごいて二つ析りにして、わざとその前に突きつけると、蝮は怒ってたちまちにその手拭に咬みつく。その途端にぐいと引くと、白髪《しらが》のような蝮の歯は手拭に食い込んだまゝで脆くも抜け落ちてしまうのである。毒牙をうしなった蝮は、武器をうしなった軍人とおなじことで、その運命はもう知れている。こういうわけであるから、こゝらの人間はたとい蝮を恐れると云っても、他国の者ほどには強く恐れていない。かれは一面に危険なものであると認められていながら、また一面には与《くみ》し易きものであると悔られてもいる。蝮が怖いなどというと笑われるくらいである。
 しかし彼の蠎蛇にいたっては、蝮と同日の論ではない。その強太なるものは家畜をまき殺して呑む。あるときは、子供を呑むこともある。それを退治するのは非常に困難で、前に云った蝮退治のような、手軽いことでは済まないのであるから、こゝらの人間もうわばみに対してはほんとうに恐れている。その恐怖から生み出された古来の伝説が又沢山に残っていて、それがいよ/\彼等の恐怖を募らせているらしい。それがために、いつの代から始まったのか知らないが、こゝらの村では旧暦の四月のはじめ、彼の蠎蛇がそろ/\活動を姶めようとする頃に、蛇祭《へびまつり》というのを執行するのが年々の例で、長い青竹を胴にしてそれに草の葉を編みつけた大蛇の形代《かたしろ》をこしらえ、なんとか云う唄を歌いながら大勢がそれを引き摺って行って、近所の大川へ流してしまう。その草の葉を肌守のなかに入れて置くと、大蛇に出逢わないとか魅《みこ》まれないとか云うので、女子供は争ってむしり取る。こんな年中行事が遠い昔から絶えず繰返されているのを見ても、いかに彼の蠎蛇がこゝらの人間に禍《わざわい》し、いかにこゝらの人間に恐れられているかを想像することが出来るであろう。
 そのなかで唯ひとり、彼のうわばみを些《ち》っとも恐れない人間――寧ろ蠎蛇の方から恐れられているかも知れないと、思われるような人間がこの村に棲んでいた。かれは本名を吉次郎というのであるが、一般の人のあいだにはその綽名の蛇吉《へびきち》を以て知られていた。かれは二代目の蛇吉で、先代の吉次郎は四十年ほど前にどこからか流れ込んで来て、屋根屋を職業にしていたのであるが、ある動機から彼はうわばみ退治の名人であると認められて、夏のあいだは蠎蛇退治がその本職のようになってしまった。その吉次郎は既に世を去って、そのせがれの吉次郎が矢はり父のあとを継いで、屋根屋と蠎蛇退治とを兼業にしていたが、その手腕は寧ろ先代を凌ぐというので、二代自の蛇吉は大いに村の人々から信頼されていた。かれは六十に近い老母と二人暮しで、こゝらの人間としては先ず普通の生活をしていたが、いつか本職の屋根屋を廃業して、うわぱみ退治専門になった。かれは夏の間だけ働いて、冬のあいだは寝て暮した。
 かれは何ういう手段でうわばみを退治するかというと、それには二つの方法があるらしい。その一つは、蠎蛇の出没しそうな場所を選んでそこに深い穴をほり、そのなかで一種の薬を焼くのである。うわばみはその匂いをがぎ付けて、どこからか這い出して来て、そのおとし穴の底に蜿《のた》り込むと、穴が深いので再び這いあがることが出来ないばかりか、その薬の香に酔わされて遂に麻痺したようになる。そうなれば生かそうと殺そうと彼の自由である。但しその薬がどんなものであるか、かれは固く秘して人に洩さなかった。
 単にこれだけのことであれば、その秘密の薬さえ手に入れば誰にでも出来そうなことで、特に蛇吉の手腕を認めるわけには行かないが、第二の方法は彼でなければ殆ど不可能のことであった。たとえば蠎蛇が村のある場所にあらわれたという急報に接して、今更俄におとし穴を作ったり、例の秘薬を焼いたりしているような余裕のない場合にはどうするかと云うと、かれは一挺の手斧を持ち、一つの麻袋を腰につけて出かけるのである。麻袋の中には赭《あか》土色をした粉薬のようなものが貯えてあって、先ず蛇の来る前路にその粉薬を一文字にふり撒く。それから四五間ほど引き下ったところに又振りまく。更に四五間距《はな》れたところに又ふり撒く。こうして、蛇の前路に三本の線を引いて敵を待つのである。
「おれは屹《きつ》と二本目で拡い止めてみせる。三本目を越して来るようでは、おれの命があぶない。」
 かれは常にこう云っていた。そうして、彼の手斧を持って、第一線を前にして立っていると、蠎蛇は眼を瞋《いか》らせて向って来るが、第一線の前に来てすこしく躊躇する。その隙をみて、かれは猶予なく飛びかゝって敵の真向をうち砕くのである。もし第一線を躊躇せずに進んで来ると、かれは後ろ向きのまゝで蛇よりも早くする/\と引き下って、更に第二線を守るのである。第一線を乗り越えた敵も、第二線に来ると流石に躊躇する。躊躇したが最後、蛇吉の斧はその頭《かしら》の上に打ち下されるのである。かれの云う通り、大抵のうわばみは第一線にほろぼされ、たとい頑強にそれを乗り越えて来ても、第二線の前にはかならずその頭をうしなうのであった。口で云うとこの通りであるが、なにしろ正面から向って来る蛇に対して先ず第一線で支え、もし危いと見ればすぐに退いて第二線を守るというのであるから、飛鳥と云おうか、走蛇《そうだ》といおうか、すこぷる敏捷に立ち廻らなげればならない。蛇吉の蛇吉たるところはこゝにあるいと云って可《い》い。
 ところが、ある時、その第二線をも平気で乗り越えて来た大蛇があったので、見物している人々は手に汗を握った。蛇吉も顔の色を変えた。かれはあわてゝ退いて第三線を守ると、敵は更に進んでそれをも乗り越えた。
「あゝ、駄目だ。」
 人々は思わず溜息をついた。
 蛇吉が退治に出るときは、いつでも赤裸で、わずかに紺染の半股引《もゝひき》を穿いているだけである。きょうもその通りの姿であったが、最後の一線もいよ/\破られて万事休すと見るや、かれは手早くその半股引をぬぎ取ってなにか呪文のようなことを唱えて跳り上りながら、その股のまん中から二つに引き裂くと、その蠎蛇も口の上下から二つに裂けて死んだ。蛇吉はひどく疲れたように倒れてしまったが、人々に介抱されてやがて正気に復《かえ》った。
 その以来、人々はいよ/\蛇吉を畏敬するようになった。かれが振りまく粉薬も矢はり一種の秘薬で、蛇を毒するものに相違ない。その毒に逢って弱るところを撃ち殺すという、その理窟は今までにも大抵判っていたが、今度のことは何とも判断が付かなかった。九死一生の場になって、彼がなにかの呪文を唱えながら自分の股引を二つに引き裂くと、蛇もまた二つにひき裂かれて死んだ。こうなると、一種の魔法と云っても可い。勿論、かれに訊いたところで、其の説明をあたえないのは知れ切っているので、誰もあらためて詮議する者もなかったが、彼はどうも唯の人間ではないらしいという噂が諸人の口から耳へと囁かれた。
「蛇吉は人間でない。あれは蛇の精だ。」
 こんなことを云う者も出て来た。

      二

 人間でも、蛇の精でも、蛇吉の存在はこの村の幸であるから、誰も彼に対して反感や敵意をいだく者もなかった。万一かれの感情を害したら、どんな崇をうけるかも知れないという恐怖もまじって、人々はいよ/\彼を尊敬するようになった。彼の股引の一件があってから半年ほどの後に、蛇吉の母は頓死のように死んで、村中の人々から懇ろに弔われた。
 母のないあとは蛇吉ひとりである。かれはもう三十を一つ二つ越えている。本来ならば疾うに嫁を貰っている筈であるが、なにぶんにも蛇吉という名が累《わずら》いをなして、村内は勿論、近村からも進んで縁談を申込む者はなかった。かれは村の者からも尊敬されている。うわばみの種の尽きない限りは、その生活も保証されている。しかも彼と縁組をすると云うことになると、流右に二の足を踏むものが多いので、かれはこの年になるまで独身であった。
「今まではおふくろが居ましたから何とも思わなかったが、自分ひとりになると何《ど》うもさびしい。第一に朝晩の煮炊きにも困ります。誰か相当の嫁をお世話下さいませんか。」と、彼はあるとき庄屋の家へ来て頼んだ。庄屋も気の毒に思った。なんの彼のと陰口をいうものゝ、かれは多年この村の為になってくれた男である。ふだんの行状も別に悪くはない。それが母をうしなって不自由であるから嫁を貰いたいという。まことに道理《もつとも》のことであるから、なんとかして遣ろうと請合って置いて、村の重立った者にそれを相談すると、誰も彼も首をかしげた。
「まったくあの男も気の毒だがなあ。」
 気の毒だとは云いながら、さて自分の娘を遣ろうとも、妹をくれようとも云う者はないので、庄屋も始末に困っていると、そのなかで小利口な一人がこんなことを云い出した。
「では、どうだろう。このあいだから重助の家に遠縁の者だとか云って、三十五六の女がころげ込んでいる。なんでも何処かの達磨茶屋に奉公していたとか云うのだが、重助に相談して彼の女を世話して遣ることにしては……。」
「だが、あの女には悪い病があるので、重助も困っているようだぞ。」と、又ひとりが云った。
「併し兎も角もそういう心当りがあるなら、重助をよんで訊いてみよう。」
 庄屋はすぐに重助を呼んだ。かれは水飲み百姓で、一家内四人の暮しさえも細々であるところへ、この間から自分の従弟の娘というのが転げ込んで来ているので、まったく困ると零《こぼ》し抜いていた。娘と云っても今年三十七で、若いときから身持が悪くて方々のだるま茶屋などを流れ渡っていたので、重い瘡毒にかゝっている。それで、もう何処にも勤めることが出来なくなったので、親類の縁をたよって自分の家へ来ているが、達者なからだならば格別、半病人で毎日寝たり起きたりしているのであるから、世話が焼けるばかりで何の役にも立たない。と、かれは庄屋の前で一切を打ちあけた。
「半病人では困るな。」と、庄屋も顔をしかめた。「実は嫁の相談があるのだが……。」
「あんな奴を嫁に貰う人がありますかしら。」と、重助は不思議そうに訊いた。
「きっと貰うか何うかは判らないが、あの吉次郎が嫁を探しているのだ。」
「はあ、あの蛇吉ですか。」
 蛇吉でも何でも構わない。あんな奴を引取ってくれる者があるならぱ、どうぞお世話をねがいたいと重助はしきりに頼んだ。併し半病人ではどうにもならないから、いずれ達者な体になってからの相談にしようと、庄屋は彼に云い聞かせて帰した。
 それから半月ほど経って、重助は再び庄屋の家へ来て、女の病気はもう癒ったからこのあいだの話をどうぞ纏めてくれと云った。かれは余程その女の始末に困っているらしい。したがって、その病気全快と云うのもなんだか疑わしいので、庄屋もその返事に渋っているところヘ、恰も彼の蛇吉が催促に来て、まだ何にも心当りはないかと云った。嫁に遣りたいという人、嫁を貰いたいという人、それが同時に落ち合ったのは何かの縁かも知れないと思ったので、庄屋は兎もかくもその話を切出してみると、蛇吉は二つ返事で何分よろしく頼むと答えた。女はご三十七で自分よりも五つの年上であること、女は茶屋奉公のあがりで悪い病気のあること。それをすべて承知の上で自分の嫁に貰いたいと彼は云った。こうなれば、もう仔細はない。話は滑るように進行して、それから更に半月とは過ぎないうちに、蛇吉の家には年増の女房が坐り込んでいるようになった。女房の名はお年《とし》と云うのであった。
 庄屋の疑っていた通り、お年はまだほんとうに全決しているのではなかった。無理に起きてはいるものゝ、かれは真蒼な顔をして幽霊のように痩せ衰えていた。よんどころない羽目で世話をしたものゝ、あれで無事に納まってくれゝば可いがと、庄屋も内心心配していると、不思議なことには、それから又半月と過ぎ、一月《ひとつき》と過ぎてゆくうちに、お年はめき/\と元気が附いて来て、顔の色も見ちがえるように艶々しくなった。
「蛇吉が蛇の黒焼でも食わしたのかも知れねえぞ。」と、蔭では噂をする者もあった。それはどうだか判らないが、お年が健康を回復したのは事実であった。そうして、年下の亭主と仲よく暮しているのを見て、庄屋も先ず安心した。実際、かれらの夫婦仲は他人の想像以上に睦じかった。多年大勢の男を翻弄して来た莫蓮《ばくれん》女のお年も、蛇吉という男に対しては我ながら怪しまれるほどに濃厚の愛情をさゝげて仕えた。蛇吉も勿論かれを熱愛した。こうして三年あまりも同棲しているあいだに、蛇吉は自分の仕事の上の秘密を大かたは妻にうち明けてしまった。
 かれの家のうしろには家根の低い小屋がある。北向きに建てられて、あたりには樹木が繁っているので、昼でも薄暗く、年中じめ/\している。その小屋の隅に見なれない茸の二つ三つ生えているのをお年が見つげて、あれは何だと蛇吉にたずねると、それは蛇を捕る薬であると彼は説明した。大小幾匹の蛇を殺して、その死骸を土の底ふかく埋めて置くと、二三年の後にはその上に一種の茸が生える。それを蔭千しにしたのを細かく刻み、更に女の髪の毛を細かく切って、別に一種の薬をまぜて練り合わせる。こうして出来上った薬を焼くと、うわばみはその匂いを慕って近寄るのであると云った。但し他の一種の薬だけは、蛇吉も容易にその秘密を明かさなかった。もう一つ、彼のうわばみと戦うときに振りまく粉薬というのも、やはりその茸に何物かを調合するのであった。たといその秘密をくわしく知ったところで、他人には所詮出来そうもない仕事であるから、お年もそれ以上には深く立入って詮議もしなかった。
 夫婦の仲もむつまじく、生活に困るのでもなく、一家はまことに円満に碁しているのであるが、なぜか此頃は蛇吉の元気がだん/\に衰えて来たようにも見られた。かれは時々にひとりで溜息をついていることもあった。お年もなんだか不安に思って、どこか悪いのではないかと訊いても、夫は別に何事もないと答えた。併しある時こんなことを問わず語りに云い出した。
「おれもこんなことを長くは遣っていられそうもないよ。」
 お年は別に現在の職業を嫌ってもいなかったが、老人になったらばこんな商売も出来ないであろうとは察していた。今のうちから覚悟して、ほかの商売をはじめる元手でも稼ぎためるか、廉《やす》い田地でも貰うことにするか、なんとかして老後のたつきを考えて置かなけれぱなるまいと思って、それを夫に相談すると、蛇吉はうなずいた。
「おれはどうでも可いが、おまえが困るようなことがあってはならない。その積りで今のうちに精々かせいで置くかな。」
 かれは又、こんなことを話した。
「村の人はみんな知っていることだが、家《うち》のおふくろが死ぬ少し前に、おれは怖しい蠎蛇《うわばみ》に出逢って、あぶなくこっちが負けそうになった。相手が三本目の筋まで平気で乗り越して来たときには、おれももう途方にくれてしまったが、その時ふっと思い出したのは、死んだ親父《おやじ》の遺言だ。おやじが大病で所詮むずかしいと云うときに、おれの亡い後、もし一生に一度の太難に出逢ったらぱ、おれの名を呼んで斯ういう呪文を唱えろ。おれが屹と救ってやる。しかし二度はならない、一生に一度限りだぞと、くれ/″\も念を押して云い残されたことがある。おれはそれを思い出したので、半分は夢中で股引をぬいで、おやじの名を呼んで呪文を唱えながら、それをまっ二つにひき裂くと、不思議に相手もまっ二つに裂けて死んだ。どういう料簡で、おれが股引を引き裂いたのか、自分にもわからない。多分死んだ親父がそうしろと教えてくれたのだろう。家へ帰ってその話をすると、おふくろは喜びもし、嘆きもした。一生に一度という約束を果たしてしまったから、お父さんも二度とはおまえを救っては下さるまい。これからはその積りで用心しろと云った。その当座はそれほどにも思わなかつたが、このごろはそれが思い出されて、なんだか馬鹿に気が弱くなってならない。なに、おれ一人ならばどうにでもなるが、お前のことを考えるとうか/\してはいられない。」
 何につけても自分を思ってくれる夫の深切を、お年は身にしみて嬉しく感じた。

      三

 ふたりが同棲してから四度目の夏が来た。今年は隣村に大きい蠎蛇《うわばみ》が出て、田畑をあらし廻るので、男も女もみな恐れをなして、野良仕事に出る者もなくなった。このまゝにして置いては田畑に草が生えるばかりであるから、なんとかして蠎蛇退治の方法をめぐらさなければならないと、村中があつまって相談の末に、彼の蛇吉を頼んで来ることになった。首尾よく退治すれば金一両に米三俵を附けて呉れるというのであったが、その相談を蛇吉は断った。となり村ではよく/\困ったとみえて、更に庄屋のところへ頼んで来て、お前さんから何とか蛇吉を説得して貫いたいと云い込んだ。隣村の難儀を庄屋も気の毒に思って、あらためて自分から蛇吉に云い聞かせると、かれは矢はり断った。今度の仕事はどうも気乗りがしないから勘弁してくれと云ったが、庄屋はそれを許さなかった。
「おまえも商売ではないか。金一両に米三俵をくれると云う仕事をなぜ断る。第一に隣同士の好しみと云うこともある。五年前、こっちの村に水の出たときには、隣村の者が来て加勢してくれたことをお前も知っている筈だ。云わば、お互いのことだから、向うの難儀をこっちが唯見物していては義理が立たない。誰にでも出来ることならば他の者を遣るが、こればかりはお前でなければならないから、わたしも斯うして頼むのだ。どうぞ頼まれて行ってくれ。」
 こう云われると、蛇吉も飽まで強情を張っているわけにも行がなくなった。彼はとう/\無理往生に承知させられることになったが、家へ帰っても何だか沈み勝であった。あくる朝、身支度をして出てゆく時にも、なみだを含んで妻に別れた。
 となり村ではよろこんで彼を迎えた。かれは庄屋の家へ案内されて色々の馳走になった上で、いつもの通り、うわばみ退治の用意に取りかゝったが、かれが此村へ足を踏み込んでから彼のうわばみは一度もその姿をみせなくなった。蛇吉の来たのを知って、さすがの蠎蛇も遠く隠れたのではあるまいかなどと云う者もあったが、相手が姿をみせない以上、それを釣り出すより外はないので、蛇吉は蛇の出そうな場所を見立てゝ、そこに例のおとし穴をこしらえて、例の秘密の一薬を焼いた。而もそれは何の効もなかった。小蛇一匹すらもその穴には墜ちなかった。
 折角来たものであるから、もう少し辛抱してくれと引き留められて、蛇吉はこゝに幾日かを暮したが、蠎蛇は遂にその姿をあらわさなかった。おとし穴にも罹らなかった。
「あまり遅くなると、家の方でも案じましょうから、わたしはもう帰ります。」と、かれは十一日目の朝になって、どうしても帰ると云い出した。
 相手の方でもいつまでも引き留めて置くわげには行かないので、それでは又あらためてお願い申すということになって、村方から彼に二歩《ぶ》の礼金をくれた。蠎蛇退治に成功しなかったが、兎も角も彼がこゝヘ来てから、その姿を見せなくなったのは事実である。殊に十日以上の暇をつぶさせては、このまゝ空手で帰すことも出来ないので、その礼心にそれだけの金を贈ったのである。
「なんの役にも立たないでお気の毒ですが、折角のおこゝろざしだから頂きます。」
 かれはその金を貫って出ようとする時、村の一人があわたゞしく駈けて来て、山つゞきの藪際に大きい蠎蛇が姿をあらわしたと注進したので、一同は俄に色めいた。
「もう一足で吉さんを帰してしまうところであった。さあ、どうぞ頼みます。」
 もと/\それがため来たのであるかち、蛇吉も猶予することは出来なかった。かれはすぐに身ごしらえをして案内者と一緒に其場へ駈けつけると、果して大蛇は薮から半身をあらわして眠ったように腹這っていた。蛇吉は用意の粉薬をとり出して、川という字を横にしたように三本の線を地上に描いた。かれは第一線を前にして突っ立ちながら、なにか大きな叫び声をあげると、今まで眠っていたような蠎蛇は眼をひからせて頭をあげた。と思うと、たちまちに火烙《ほのお》のような舌を吐きながら、蛇吉の方へ向ってざら/\と走りかゝって来たが、第一線も第二線もなんの障礙をなさないらしく、敵は驀地《まつしぐら》にそれを乗越えて来た。第三線もまた破られた。
 蛇吉は先度のように呪文を唱えなかった。股引も脱がなかつた。かれは持っている手斧をふりあげて正面から敵の其向を撃った。その狙いは狂わなかったが、敵はこの一と撃に弱らないらしく、その強い尾を働かせて彼の左の足から腰ヘ、腰から胸へと巻きついて、人の顔と蛇の首とが摺れ合うほどに向い合った。もう斯うなっては組討のほかはない。蛇吉は斧をなげ捨てゝ、両手でカまかせに蛇の喉首を絞めつけると、敵も満身の力をこめて彼のからだを絞め付けた。
 この怖しい格闘を諸人は息をのんで見物していると、敵の急所を掴んでいるだけに、この闘いは蛇吉の方が有利であった。さすがの大蛇も喉の骨を挫かれて、次第々々に弱って来た。
「こいつの尻尾を斬ってくれ。」と、蛇吉は怒鳴った。
 大勢のなかから気の強い若者が駈出して行って、鋭い鎌の刃で蛇の尾を斬り裂いた。尾を斬られ、頸を傷められて、大蛇もいよ/\弱り果てたのを見て、更に五六人が駈け寄って来て、思い/\の武器を揮ったので大蛇は蟻に苛《さいな》まれる蚯蚓《みゝず》のように蜿《のた》うち廻って、その長い亡骸《むくろ》をあさ日の下に晒した。それと同時に、蛇吉も正気をうしなって大地に倒れた。かれは庄屋の家へかつぎ込まれて、大勢の介抱をうけて、ようやくに息をふき返した。別に怪我をしたというでもないが、かれはひどく疲労衰弱して、再び起きあがる気力もなかった。
 蛇吉は戸板にのせて送り帰されたときに、お年は声をあげて泣いた。村の者もおどろいて駈付けて来た。自分が無理にすゝめて出して遣って、こんなことになったのであるから、庄屋はとりわけて胸を痛めて、お年をなぐさめ、蛇吉を介抱していると、かれは譫言のように叫んだ。
「もう好《い》いから、みんな行ってくれ、行ってくれ。」
 かれは続けてそれを叫ぶので、病人に逆らうのもよくないから一先ずこゝを引取ろうではないかと庄屋は云い出した。親類の重助ひとりをあとに残して、なにか変ったことがあったらばすぐに報せるようにお年にも云い聞かせて、一同は帰った。朝のうちは晴れていたが、午後から陰って蒸暑く、六月なかばの宵は雨になった。お年と重助はだまって、病人の枕もとに坐っていた。雨の空はだん/\にさびしく更けて、雨の音にましって蛙の声もきこえた。
「重助も帰ってくれ。」と、蛇吉は唸るように云った。ふたりは顔をみあわせていると、病人はまた唸った。
「お年も行ってくれ。」
「どこへ行くんです。」とお年は訊いた。
「どこでも可い。重助と一緒に行け。いつまでもおれを苦ませるな。」
「じゃあ、行きますよ。」
 ふたりは首肯き合ってそこを起った。一本の傘を相合《あいあい》にさして、暗い雨の中を四五軒ばかり歩き出した。また抜足をして引返して来て、門口からそっと窺うと、内はひっそりして唸り声もきこえなかった。ふたりは再び顔をみあわせながら、更に忍んで内をのぞくと、病人の寝床は藻ぬけの殻で、蛇吉のすがたは見えなかった。それがまた村中の騒ぎになって、大勢は手分けをしてそこらを探し廻ったが、蛇吉のすがたは何処にも見出されなかった。かれは住み馴れた家を捨て、最愛の妻を捨て、永久にこの村から消え失せてしまったのであった。かれが妻にむかって、この商売を長くは遣っていられないと云ったことや、隣村へゆくことをひどく嫌ったことや、それらの事情を綜合してかんがえると、或は自分の運命を予覚していたのではないかとも思われるが、かれは果して死んでしまったのか、それとも何処かに隠れて生きているのか、それはいつまでも一種の謎として残されていた。
 併し村人の多数は、彼の死を信じていた。そうして、こういう風に解釈していた。
「あれはやっばり唯の人間ではない。蛇だ、蛇の精だ。死ぬときの姿をみせまいと思って、山奥へ隠れてしまったのだ。」
 かれが蛇の精であるとすれば、その父や母もおなしく蛇でなければならない。そんなことのあろう筈がないと、お年は絶対にそれを否認していた。而もなぜ自分の夫が周囲の人々を遠ざけて、その留守のあいだに姿を隠したのか。その仔細は彼女にも判らなかった。
 これは江戸の末期、文久年間の話であるそうだ。

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底本:影を踏まれた女 ―岡本綺堂怪談集  光文社(光文社時代文庫) 1988.10.20

入力:和井府 清十郎
公開:2001年7月16日




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