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 綺堂ディジタル・コレクション

つぎは、綺堂のオリジナル作品をデジタル化したものです。 なお、入力者自身による校正はいたしましたが、ベーター版ですので誤字などありましたら、ご連絡ください。

 残念ながら連載物の第1回のみです。新聞記者生活も2年目近くになろうとする頃の記事です。厳しき冬に向かう零細民の生活や有様を記録しようというのでしょうか。




◆ ◎見(み)せばやな (一)

                     狂綺堂主人
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あさましきもの、すさまじきもの、今様清女(せいじよ)の筆を仮なば其数少なからざるべし、花も紅葉も無かりけりと云ふ、浦の苫屋にあらなくも見渡せば何処も同じ秋の夕暮、馬走り車飛ぶ都の中央にも窓を打つ落葉の音の涙の霰、荒妙(あらたへ)の袖にたばしるも多ほし。
浮世の生計(たゝずまい)己がしゞあるが中にも、日は燬(やく)が如き炎天に喘ぎ/\坂に車を推す人、霜凍る寒き夜半に荷を担ぎて覚束なくも蕎麦饂飩を売る爺(おきな)、いづれも哀れならざるはなし。
それよりまだ/\下りて、人の門に立ちて物たべと云う袖迄ふに至りては餌を求むる禽(とり)よりもはかなし心も細き呉竹の杖を力に佇立(たゝず)む老婆(おうな)の関寺の姿を忍ぶもあれば頭を被(おほ)へる髪のおどろ/\しき鬼界ケ島の僧都めきたるもあり、彼の蚤(あま)の子にあらなくも宿も定めず飄白(さすらへ)るもあれば、もしほ垂れつゝ詫(わ)ぶと云ふにも似たるかな、襤褸(つゞれ)の袖を片敷きてあやしき小家に夢を結ぶもあり。
一々これを記(しる)さば中々に哀れなるべし、烏羽玉(うバたま)の夜商人(あきうど)、千剣破(ちはやふ)る紙屑買より浅ましき袖乞ひに到る迄、これに伴ふ事共、何彼を問はず、目に触れ耳に入るに随(したが)つて一々今より書列(かきつ)らぬべし、秋は暮れぬ、木枯身に染みて霜将に近づきぬ、薄き衣に泣く者尠(すくな)からず、其の有様や如何ならん、あはれ人にも見せばやな[#「あはれ人にも見せばやな」に傍点]。
去る頃の新聞紙にも右様のもの記るせし事ありき去(さ)れば数多き中には或ひは似たり寄つたりの件もあらんか、見る人幸いに赦して玉へ。

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出典:東京日日新聞 明治24年11月17日
入力:和井府 清十郎

※全ルビを省略、一部のみ
※旧漢字を新漢字に改めた箇所がある




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