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綺堂ディジタル・アーカイヴ





つぎは綺堂のオリジナル作品をデジタル化したものです.綺堂の翻訳物を読む機会はあまりありませんので公開する次第です.なお、誤字などありましたら、ご連絡ください.



◆*陶淵明『捜神後記』 岡本綺堂訳

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離 魂 病


 宋《そう》のとき、なにがしという男がその妻と共に眠った。夜があけて、妻が起きて出た後に、夫もまた起きて出た。
 やがて妻が戻って来ると、夫は衾《よぎ》のうちに眠っているのであった。自分の出たあとに夫の出たことを知らないので、妻は別に怪しみもせずにいると、やがて奴僕《しもべ》が来て、旦那様が鏡をくれと仰《おつ》しゃりますと言った。
「ふざけてはいけない。旦那はここに寝ているではないか」と、妻は笑った。
「いえ、旦那様はあちらにおいでになります」
 奴僕も不思議そうに覗《のぞ》いてみると、主人はたしかに衾を被《き》て寝ているので、彼は顔色をかえて駈け出した。その報告に、夫も怪しんで来てみると、果たして寝床の上には自分と寸分違わない男が安らかに眠っているのであった。
「騒いではならない。静かにしろ」
 夫は近寄って手をさしのべ、衾の上からしずかにかの男を撫《な》でていると、その形は次第に薄く且《か》つ消えてしまった。
 夫婦も奴僕も言い知れない恐怖に囚《とら》われていると、それから間もなく、その夫は一種の病いにかかって、物の理屈も判らないようなぼんやりした人間になった。



なお、振りかな(ルビ)は《》で示す

底本:分身 泉鏡花ほか著(書物の王国  東雅夫 ほか編纂; 11) 国書刊行会 1991.1
親本:岡本綺堂読物選集7(青蛙房)

* 陶淵明(365−427) 中国の詩人。「捜神後記(そうじんこうき)」は異聞・説話を集めた小説集。 入力:清十郎




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