半七考 第2集 もくじ 1.「足音を盗む」表現 (ここです.12/21/2005) 2.半七が聞いた鐘の音から午後のドーンまで(3/6/2006) 3.湯屋の二階 4.渋柿園先生のお宅 5.冬の蝶(7/14/2007) (以下、続く予定) 半七考 第1集もくじ その1.「足音を盗む」表現 ちょっと今日ではあまり見かけない表現として、私が気にかかったものの一つ。 古い表現で、今日では廃れてしまったものと思っていたら、藤沢周平さんの作品にあったので、まだ活きている、数少ない(?)証(あかし)ともいえようか。 「足音を盗む」のは、闇か、夜かがシチュエーションでしょうか。 ○コレラによる嫌疑で官吏による捕縛・隔離を免れるために、一家は夜逃げのように、逃げ出した。 「私共は、足音をぬすんで、真暗な外に逃げ出した。」 内田百閨i門構え+月の字)・百鬼園随筆15頁(1980、旺文社文庫版) ○「よしよし後をつけてやろう」 で、足音を盗むようにして、常陸介は後をつけた。 国枝史郎『血ぬられた懐刀』(「国枝史郎伝奇全集 巻五」未知谷 1993(平成5)年7月20日初版、初出誌「講談倶楽部」1928(昭和3)年8月) ○夜ではないが、やや翳りのある冬の午後 藤沢周平『消えた女 彫師伊之助捕物覚え』 「 町はひっそりとしていた。冬の日は、まだ八ツ(午後二時)前と思われるのに、夕方のように長い影を町に落としていた。 <中略> ――おようは、まだこの町にいるのだろうか。 迷路のように入り組んでいる小路から小路へ、足音を盗むようにして歩きながら、伊之助はそう思った。いるなら、おようもまた、死体のように身動きもせずに眠っているはずだった。」 2.半七捕物帳では さて、岡本綺堂の『半七捕物帳』ではつぎのように使われている。 月のある、夜という状況である。もっとも足音を盗まなければならない状況でもあるようだ。その名も、『十五夜御用心』 「女は会釈して引っ返して行った。手ぬぐいに顔を包んでいながらも、それが年の若い色白の女であることを元八は認めたので、暫くたたずんで彼女のうしろ姿を見送っていた。 「ここらで見馴れねえ女だ。狐が化かしにでも来たのじゃあねえかな」 化かす積りならば、そのまま無事に立ち去る筈もあるまいと思うに付けて、ほろよい機嫌の道楽者は俄かに一種のいたずらっ気を兆《きざ》した。彼は藁草履の足音をぬすみながら、小走りに女のあとを追ってゆくと、女はそんなことには気が付かないらしく、これも夜露を踏む草履の音を忍ばせるように、俯向き勝ちに辿って行った。月が明るいので見失う虞《おそ》れはないと、元八も最初はわざと遠く距《はな》れていたが・・・」 月夜といい、女の後を追う設定といい、足音を盗む表現が、ストーリーの中へ引き込み、またその的確な表現が活きていることを知った初めでした。 2005/12/21 記 ■ 半七考 第1集 もくじ に戻る |